脊髄損傷後の体の成長と運動機能を改善する新たな可能性:骨髄間葉系幹細胞由来の細胞外小胞(エクソソーム)による介入

MSCエクソソーム

私は、現在、骨髄間葉系幹細胞由来の細胞外小胞(エクソソーム)の治療効果を検証した研究を行い、将来的には、様々な疾患に対しての臨床応用を目指しています。前回の研究では、ラット脊髄損傷モデルを使用して、エクソソームが骨髄間葉系幹細胞(MSC)静注療法の治療メカニズムの大部分を担っている、つまり、MSCはエクソソームを介して、治療効果がもたらされている可能性を報告しました。 

しかし、これは、ラットMSCを用いたラットエクソソームの研究でした。ラットとヒトは当然違うかもしれません。今回の研究では、エクソソーム治療の臨床応用を見据えて、ヒトMSCエクソソームを用いた検証になります。 対象疾患は、「脊髄損傷」になります。 

麻痺の改善治療効果を検証することが、最初の目的でしたが、観察を続けていくなかで、体の大きさが、治療群と対象群では明らかに違うことに気づきました。臨床の現場においても、重症脊髄損傷患者さんは、急性期ではどんどん体重が減少していきます。もちろん、麻痺の影響で筋肉量が減少している影響も大きいのも事実です。しかし、筋肉量が減少しすぎてしまうと、リハビリテーションの効果が希薄化してしまいます。 

今回の、ヒトMSCエクソソーム静注療法で確認された事象は、 

  1. 運動機能の回復を促進 
  2. 損傷部位での免疫調整作用
  3. 全身を循環している炎症性サイトカインレベルの抑制 
  4. 肝臓における成長ホルモン受容体減少を抑制 
  5. 全身を循環している Insulin-like growth factor-1 (IGF-1)体の成長において、重要なサイトカイン)の増加

などです。 それでは、実際の論文内容を覗いていきましょう。 

脊髄損傷とは何か?

脊髄損傷は、脊髄が物理的に損傷を受けることにより発生します。これは、交通事故、スポーツ事故、墜落事故など、さまざまな事故によって引き起こされることが多いです。脊髄損傷は、感覚や運動能力の喪失を引き起こす可能性があり、重度の場合は四肢麻痺(四肢の感覚と運動能力の全てまたは一部を失う状態)を引き起こす可能性があります。現在の医療レベルでは、この麻痺を改善させる有効な薬物、治療法は限られており、効果も不十分となっており、多くの患者さんが障害を抱えならがら生活しています。 

脊髄損傷と体の成長

脊髄損傷は、若年成人においては、重度の感覚運動障害だけでなく、急性期ー亜急性期に成長の遅れも引き起こします。全身を循環している炎症性サイトカインは、成長不全と筋肉の消耗と関連しています。しかし、最近の研究では、人間の間葉系幹細胞(MSC)由来の小胞体(sEVs)が、若年成人のラットにおける重度の脊髄損傷後の体の成長と運動回復に治療効果をもたらし、炎症性サイトカインを調節する可能性が示されています。

間葉系幹細胞由来の小胞体とは何か?

間葉系幹細胞(MSC)は、骨髄や脂肪組織など、体内のさまざまな場所に存在する特殊な細胞です。これらの細胞は、自己修復能力と免疫調節能力を持っています。MSCから分泌される小胞体(sEVs)は、細胞間のコミュニケーションを助け、炎症反応を調節する能力があります。特に、骨髄間葉系幹細胞は、もっとも研究されているMSCであり、臨床研究も進んでいる幹細胞です。 

研究の方法

この研究では、脊髄損傷を受けたラットを対象に、3つの異なる治療群(人間とラットのMSC-sEVsとPBS群)にランダムに分け、脊髄損傷後7日目に治療を行いました。運動機能の回復と体の成長は、脊髄損傷後70日目まで毎週評価されました。また、体内でのsEVsの動き、細胞内でのsEVsの取り込み、損傷部位のマクロファージの表現型、損傷部位、肝臓、全身を循環しているサイトカインレベルも評価しました。

研究の結果

研究の結果、人間とラットのMSC-sEVsの両方の静脈内投与により、脊髄損傷後の運動機能の回復が改善し、若年成人の脊髄損傷ラットの正常な体の成長が回復したことが示されました。

BBBスコア 21点満点。0点完全麻痺 21点麻痺なし。エクソソーム治療群が優位に良好な運動機能回復をしめしています。

脊髄損傷コントロールラットは、痩せコケていますが(B)、エクソソーム治療群(C;ヒトエクソソーム、Dラットエクソソーム群) 

ヒトエクソソームを静注すると、選択的に病変部のマクロファージ/Microグリアに取り込まれていました。

 ビトロ実験で、pH6 の環境下で、活性化しているM2マクロファージにのみ取り込まれていることがわかりました。

 さらに、人間またはラットのMSC-sEVsの投与により、M2マクロファージの割合が増加し、損傷部位でのプロ炎症性サイトカインである腫瘍壊死因子-α(TNF-α)とインターロイキン(IL)-6の産生が減少しました。

また、全身を循環している血清中のTNF-αとIL-6のレベルが減少し、肝臓の成長ホルモン受容体とIGF-1の産生レベルが増加していました。また、血清IGF-1レベルも優位に治療群で上昇していることが確認されました。 

IGF-1は、インスリン様成長因子1(Insulin-like Growth Factor 1)の略で、ヒトの体内で生成されるホルモンの一種です。このホルモンは、成長ホルモン(GH)の働きを補助し、体の成長と発育に重要な役割を果たします。

IGF-1は、特に骨や筋肉の成長を促進します。また、細胞の成長と分化を刺激し、新しい細胞の生成を助けることで、体の修復と再生にも寄与します。さらに、IGF-1は、血糖値の調節にも関与しています。

しかし、IGF-1のレベルが適切でないと、体の成長や発育に問題が生じることがあります。例えば、IGF-1のレベルが低いと、成長が遅れる可能性があります。逆に、IGF-1のレベルが高すぎると、過度の成長や他の健康問題を引き起こす可能性があります。

結論

この研究の結果は、静脈内MSC-sEV治療が全身のプロ炎症性サイトカインを減少させ、肝臓のGHRとIGF-1を増加させることで、若年成人のラットにおける脊髄損傷後の体の成長の回復に寄与する可能性を示しています。人間由来のMSC-sEVsは、ラット由来のMSC-sEVsと同様に、機能回復と体の成長の正常化の両方を促進する効果がありました。これは、若年のラットにおける脊髄損傷後の成長の中断が、hMSC-sEV治療によって緩和される可能性を示しています。これらの結果は、脊髄損傷患者、特に成長の中断がより問題となる可能性がある若年の脊髄損傷患者にとって、重要な治療的意義を持っています。

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